大崎梢『サイン会はいかが?』

 2007年4月購入。3年半の放置。書店を舞台としたミステリシリーズの第三弾。同一書籍に取り寄せ依頼が四件相次いだ。しかし、確認をとると誰もが注文をしていないという。単なるいたずらにしては手が込んでいる。はたして何らかの意図があるのか?「取り寄せトラップ」。体験学習で成風堂に小学生がやってきた。ある男の子は少々変わった行動をとったりしたものの、徐々に書店員と仲良くなった。しかしその男の子が突然姿を消してしまう「君と語る永遠」。バイトの青年が以前に成風堂で知り合った女性に恋をした話「バイト金森くんの告白」。人気作家のサイン会を開催するためには、作家の提示した謎を解かねばならなかった「サイン会はいかが?」。常連の老人と辞めてしまったパートの女性との間の交流「ヤギさんの忘れもの」。以上五篇を収録。
 いずれも舞台は語り手の杏子の務める成風堂で、起こった事件も書店がらみのものということで、『シリーズ設定を忠実に踏襲している。第三弾となる本書では杏子と探偵役の多絵のみならず、他の書店メンバーたちの描写も多くなり、舞台の存在感を大いに増している。また、内輪受けしそうな設定を用いながらも作品自体は決して独りよがりな志向を押し付けることのない仕上がりになっており、好感が持てる。読者を意識してのことであろう。作者は元書店員ということであるが、同様にお客のことを意識できた素晴らしい書店員だったのではなかろうか。

東野圭吾『レイクサイド』

レイクサイド (文春文庫)

レイクサイド (文春文庫)

 2006年2月購入。4年8ヶ月の放置。息子の中学受験のために開かれた別荘での勉強合宿に妻ともども参加した並木俊介のもとに、愛人の高階英里子が訪れた。ところが英里子は俊介が別荘を離れていた合間に殺されてしまった。その場にいた妻の美奈子やお受験仲間の面々の話によると、美奈子による犯行だという。子供たちを守るために彼らは犯行を隠蔽しよとするのだが……
 犯行隠蔽を軸としたメインストーリーは事件の勃発から思わぬ方向に転がっていく中盤、そして衝撃のラストで結ばれるという形で、コンパクトかつ綺麗にまとまっている。加えて昨今のお受験問題とそれに絡む親子関係といった要素がこのメインストーリーに肉付けされており、本書を単純なサスペンスノベルでは終わらせていない。読む前から作品に高水準を求められる人気作家ではあるが、本書はその期待にしっかり答えてくれている。なお、読後の第一印象を限りなくネタバレっぽく表現するなら、「オリエント急行かと思ったらYの悲劇だった」である。

陳舜臣『山河太平記』

山河太平記 (ちくま文庫)

山河太平記 (ちくま文庫)

 2007年4月購入。3年半の放置。『太平記』ゆかりの土地をめぐり、それをもとに『太平記』を読み解いた本。これ一冊で十分に陳舜臣視点による『太平記』の輪郭は読み取ることは可能だが、ファンとしてはやはり歴史エッセイではなく小説としての陳舜臣版『太平記』を読んでみたいものだ。

石持浅海『君がいなくても平気』

君がいなくても平気 (カッパ・ノベルス)

君がいなくても平気 (カッパ・ノベルス)

 2009年12月購入。10ヶ月の放置。水野勝の所属する会社と業務提携先で編成された共同開発チームによる商品開発が成功した。祝勝会が開かれたその翌日、チームリーダーが不審死を遂げる。死因はニコチン中毒で、犯人はこのチームの中にいる可能性が高い。そんな中、あるきっかけで水野は犯人に思い当たってしまう。その人物は同僚で恋人でもある北見早智恵であった。「殺人犯の恋人」として衆目を浴びることを嫌った水野は、早智恵が捕まる前にどうにか別れようとするのだった。
 自分の保身のために恋人を捨てようとする、という点がいかにも石持浅海っぽい倫理観だ、という形式での批判が浮かびそうではある。それを貫いてストーリーを進めていけば、石持らしい特殊形式でのミステリということで従来通りの作者評を得られてことであろう。しかし実際はそうはならず、案外陳腐な地点に着地する。ファンにとっては肩透かしの感が生じるのは否めない。また、そこから先が作品の肝であるとはいえ、犯人指摘に至る過程が極めてルーズである。そして肝心の先の展開が先述したとおりだ。ミステリ的にはフーダニットよりもホワイダニットであるのだが、後者の部分での驚きも少なく、結果、全体を通してひどく平板な印象になってしまった。

宮部みゆき『本所深川ふしぎ草紙』

本所深川ふしぎ草紙 (新潮文庫)

本所深川ふしぎ草紙 (新潮文庫)

 深川七不思議を題材とした時代小説。短編七作を収録。基本的に人情物であり、作者の好んで用いる親子の情とそのすれ違いを材にとったものが多い。各短編とも完成度の非常に高い、上質の短編集といえる。特に、巻頭の「片葉の芦」は秀逸。

西尾維新『不気味で素朴な囲われた世界』

不気味で素朴な囲われた世界 (講談社ノベルス)

不気味で素朴な囲われた世界 (講談社ノベルス)

 2007年10月購入。2年11ヶ月の放置。作中に登場するキャラクターたちの行動はひどく極端である。日常を脱し非日常を得るために知り合いの女性に告白する。邪魔な存在というだけで対象を殺す。友人の身内だから付き合うが、その友人がいなければ他人と認識する。好きな人を殺した犯人だから殺す……といった具合に。こういったキャラクターの行動(原理)には、単に個性付けということ以上の意図が感じられないでもない。
 なお、本書は犯人探しのミステリである。そして本書には「口にする言葉がすべて嘘」というキャラと「他人の嘘を見破ることができる」キャラが登場する。しかし彼女ら二人を絡めた論理パズルを形成するのかと思ったらそんなことありませんでした。

柳広司『黄金の灰』

黄金の灰 (創元推理文庫)

黄金の灰 (創元推理文庫)

 2006年11月購入。3年10ヶ月の放置。歴史上の人物を用いたミステリを数多く手がけている柳広司のデビュー作。本書ではトロイア発掘で知られるシュリーマンを主役としている。事件は発掘中に発見された黄金の消失から始まる。黄金の行方を追ううちに発見された不審な死体、そして密室殺人事件の発生、と本格ミステリの王道ともいえるストーリー、そして完結に至る道筋はデビュー作とは思えぬほど完成度が高い。歴史人物も単にストーリーの駒として用いているのでなく、その時代風景との関わりや文脈でもって肉付けされており、きちんと意味があるのもよい。歴史ミステリの良作である。