浅田次郎『月島慕情』

月島慕情 (文春文庫)

月島慕情 (文春文庫)

 2009年11月購入。1年2ヶ月の放置。収録されている作品中では、登場人物を人生の勝ち組/負け組といった形で対比させていることが多い。表題作においては長いこと吉原で働かざるを得なかった負け組の主人公が一転、想い人に身請けされるという勝ち組に転ずる。同時に負け組となった見受け人の妻子の存在がクローズアップされ、それを知った主人公はある行動を取る――という話。続く「供物」ではDV男と離婚後、優しい夫を得た女が前夫の死の知らせを聞いてその霊前に出向く話。負け組から勝ち組に転じた女の秘められた過去が語られるのだが、負け組時代のその過去にはある秘密があった。「雪鰻」は辛い南方戦線を経験し、戦後自衛隊で師団長となった男の悲惨な戦時中のエピソード。同じ戦争を体験しながらも過酷な地域を担当した彼と、比較的安全な他地域の兵士では全く境遇が違っており、師団長らだけが飢えに苦しむ負け組であった。「インセクト」は学生運動が盛んな時代に大学進学した主人公と、アパートの隣人である妾とその娘の話だ。女は妾という待遇でありながらもプライドを持って生きていく。上京したての田舎者でまだ若い主人公はなかなかその生き方を理解できないでいる。「冬の星座」は死んだ祖母が生前に行っていた、家族も知らない善行が明らかになる話。戦後貧しい暮らしを強いられた負け組の祖母は、ある行為によって聖女のように讃えられる。「めぐりあい」は視力を失ったために彼氏と別れ、やがてマッサージ師になった女性の話。彼女の境遇はまさに負け組であるが、決してそうは感じさせない強さが伺える。さいごの「シューシャインボーイ」は戦災孤児となった男を拾い育てた靴磨きの男の話。この話は戦争と戦後がテーマになっており、戦後に生きる人々はまさに負け組である。
 これらの話に共通するのは本来負け組であるはずの人々の生き様が凛としている点だ。自分の境遇を惨めだと嘆かず矜持を持って行動する彼ら彼女らの姿には心うたれる。