エドモン・ロスタン『シラノ・ド・ベルジュラック』

シラノ・ド・ベルジュラック (光文社古典新訳文庫)

シラノ・ド・ベルジュラック (光文社古典新訳文庫)

 2008年11月購入。1年10ヶ月の放置。光文社の古典新訳シリーズからの一冊であるが、なにぶん不勉強の身ゆえ旧訳は未読なので比較はできません。17世紀フランス、詩人にして軍人であるガスコンのシラノ・ド・ベルジュラックを主人公にした戯曲。剣の腕もたち、詩人として優れたシラノであるが、デカ鼻の持ち主であるゆえ非モテの身で、自身もその鼻にコンプレックスを持っていた。そんなシラノが密かに恋心をいだいていたのが従妹のロクサーヌだ。しかし彼女はイケメンのクリスチャンに惹かれていた。クリスチャンもまた彼女に惚れてしまうのだが、彼には彼女の気を惹くような洒落た恋詩を作ることができなかった。ロクサーヌの気持ちを知ったシラノはクリスチャンの代筆で詩を作り、二人の恋の手助けをするのだが……というストーリーだ。クリスチャンの外見のみならず詩才にもぞっこんとなったロクサーヌと、自分とは違う中身を愛されていることに悩むクリスチャン、そして忍ぶ恋を貫くシラノという三人の恋愛関係の行末が劇的な演出で描かれており、長く上演される世界的戯曲となったのもうなずける出来である。訳も分かりやすく、また注も詳細で非常に読みやすかったです。

坂木司『先生と僕』

先生と僕

先生と僕

 2007年12月購入。2年9ヶ月の放置。大学生の伊藤二葉は偶然知り合った中学生・瀬川隼人の家庭教師をすることに。怖がりでヘタレな草食系男子である二葉とは違い、隼人は好奇心旺盛でしっかりものだった。本書は隼人を探偵役とした日常系ミステリある。雑誌に挟まれた付箋に書かれたメッセージの謎を解く「先生と僕」、ボヤ騒ぎの起きたカラオケ店から消えた少女の謎「消えた歌声」、区民プールに出現した怪しげな男の正体を探る「逃げ水のいるプール」、無料の展覧会の誘いにどのような裏の意図があるのか?「額縁の裏」、ペット商品に関するネット掲示板で見つけたいかにも怪しげな記述の真相を探る「見えない盗品」の五篇を収録。
 先生=家庭教師の二葉と僕=教え子の隼人という構図が提示されているものの、ミステリレベルに置いては教え子であるはずの隼人が名探偵役を務めており、倒錯した関係が見られる。このパターンはありがちではあるが人物同士のやりとりでストーリーを盛り上げることができ、手法としては王道的であるといえる。しかし本書でまずいのは、ミステリレベルを離れたところでもこの構図が倒錯したままにあるという点だ。教師役、すなわち人生の導き手であるはずの二葉が隼人に比べて明らかに世間知らずである。本書には謎解きを経て何らかの人生の教訓を得る、という形式の話が含まれているが、教訓を得るのは二葉の方になっている。これにより、物語上常に二葉<隼人という関係が成立してしまい、せっかく人生経験が未熟な中学生を探偵役にすえて、その上そんな少年に年上の大学生を教師役として据えた意味が希薄になってしまった。それどころか、少年の方が年上の青年を人生について教え諭すという格好になっている。これもまた、倒錯と安易に片づけてしまうのも可能だ。だがそこで少年の成長を表現することができなくなってしまった。こういう構図にしてまで少年を名探偵にする意味がはたしてどこまであるのだろうか。

霞流一『ウサギの乱』

ウサギの乱 (講談社ノベルス)

ウサギの乱 (講談社ノベルス)

 2004年3月購入。6年半の放置。神社の改築工事中に兎の骨が大量に発見された。そこから端を発した兎尽くしの事件。兎の骨を幸運のアイテムとして売り出し金儲けをする神社関係者や、実際にその神社を詣でてトップクラスのアイドルに上り詰めた少女。そしてこれらの人々の間で発生した殺人事件……第一の被害者は兎のストラップを携帯につけていた。第二の被害者は密室内で発見され、しかもそのドアノブに兎の描かれた絵馬が掛けられていた。そして第三の被害者のそばには土でできた兎が置かれていた。
 このようにある動物をモチーフにしたミステリを描く、というパターンは作者におなじみのやりかただ。そして、この作者といえばもうひとつ「バカミス」であることがある種のステータスとなっているところがある。しかし、主人公の警部と探偵のコンビの理不尽劇めいたやりとりはユニークであるが、本書のバカミス度はさほど高いとはいえない。とはいえ密室トリックはなかなかのインパクトを持つバカミス系のトリックではある。

北村薫『ひとがた流し』

ひとがた流し

ひとがた流し

 2006年7月購入。4年2ヶ月の放置。学生時代を共に過ごした三人の女性が40歳を過ぎてからの出来事を描いた作品。一人はいまだ独身生活を続けるアナウンサー・トムさんこと千波。一人は子連れバツイチ独身の牧子。もう一人は牧子同様子連れバツイチ後に再婚した美々。この三人のうち、最も焦点を当てられているのは千波だ。彼女は難病に冒され、先は長くない。牧子や美々、そして彼女らの家族といった友人はいるものの、これまで独身を貫き恋人もいない千波には全身全霊を捧げてまで自分を支えてくれる存在はいない。そこに、一人の男性が現れて――いくらでもお涙頂戴の恋愛話に仕立てられる設定だが、作者はその道を選択しない。彼女とその友人たちの生き様を丁寧に、柔らかい筆致で描き、安易な派手派手しさをそぎ落としていく。サイドストーリーとして美々の娘と義理の父親間の葛藤を盛り込んだりして、ひたすら淡々と登場人物の心情を読者の内に染み込ませるように作者は語る。そうやって出来上がった本書はひたすら優しい。

宮城谷昌光『古城の風景1 菅沼の城 奥平の城 松平の城』

古城の風景〈1〉菅沼の城・奥平の城・松平の城 (新潮文庫)

古城の風景〈1〉菅沼の城・奥平の城・松平の城 (新潮文庫)

 2008年3月購入。2年半の放置。戦国時代の古城を巡った紀行。現代の愛知近辺に勢力を築いた菅沼氏・奥平氏松平氏にゆかりある城を中心にまとめられている。『風は山河より』のための取材として書かれたものであり、そのガイドブックの役割も兼ねているのであろうが、あいにくとそちらは未読*1である。

*1:積読山から発掘できません

辻村深月『太陽の坐る場所』

太陽の坐る場所

太陽の坐る場所

 2008年12月購入。1年9ヶ月の放置。高校時代を共に過ごした男女が同窓会で再会する話。五つに分けられた各章では、それぞれ別々の人物にスポットが当てられ、彼ら彼女らの過去や現在の様子、及びその時々の心情が詳細に語られる。本書以前の辻村作品においては少年少女の<今>が語られることが多いが、本書では<過去>という形で表現される。そこで記される青春時代の痛みはリアルタイムで綴った時とは別の、取り返しの付かない形となって表現される。さらには大人になった現在抱える悩みも加わり、彼らの人生の重みというものが感じられる形となっている。
 以下、ネタバレありのため、たたみます。

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島田荘司『UFO大通り』

UFO大通り

UFO大通り

 2006年9月購入。4年の放置。御手洗潔ものの中編二篇を収録。表題作はUFOを見た、という老女の証言と、その近くで起きた殺人事件をめぐるストーリー。派手な謎をぶちあげた後にきっちりと解体していく、いわゆる島田荘司系奇想ミステリのお手本のような作品。もう一篇「傘を折る女」は九マイル型のミステリと思わせておきながら、そこからさらに風呂敷を広げていく形の話。こちらは派手さよりもストーリの広げ方、切り込み方でケレン味を見せていくタイプの作りだ。どちらにも同種のネタを用いた殺害トリックが使われているが、その用い方で違いを演出しており、ネタの使い回しだと安易に指摘するよりもむしろ作者による作劇法の広さに感心した。