夢枕獏『シナン』上下

シナン〈上〉 (中公文庫)

シナン〈上〉 (中公文庫)

シナン 下 (2) (中公文庫 ゆ 4-6)

シナン 下 (2) (中公文庫 ゆ 4-6)

 2007年11月購入。2年10ヶ月の放置。16世紀、オスマン・トルコの壮麗王スレイマン大帝の時代に多くの建造物を手がけ、ついに史上最大のモスクを作り上げた建築家・シナンの物語。彼が歴史上に登場するのは老年にさしかかってからであり、件のモスク、セリミエ・ジャーミーを完成させたのは実に87歳のことである。彼の雌伏の時代を語るにあたって、作者は一人の架空人物を設定した。ハサンという彼の友人である。このハサンを大帝スレイマンや宰相イブラヒムと関わらせることによって、シナンの壮年期はかろうじて歴史とつながりを持つ。そして歴史の末席にシナンを座らせた状態で、作者はスレイマン壮麗王の足跡を記していく。読者の目には本書がシナン個人の物語ではなく、スレイマンのそれに映ることであろう。が、こうしてスレイマンの偉大さを描くことこそシナンの業績を際だたせることになるのだ。冒頭、シナンは、自分たちイスラム教徒では決して造り得ないキリスト教徒の残した聖堂の大きさに感動する。建造物によってキリスト文明の優位を表現したのだ。しかし、歴史の流れはスレイマン率いるイスラム文明に向いていく。シナンの創り上げたキリスト教の聖堂を凌ぐ巨大モスクは、当時のイスラム文明がキリスト教文名をしのいだことを端的に表している。本書は当時のオスマン帝国を描いた歴史小説であるとともに、シナン個人の物語でもある。