古川日出男『沈黙/アビシニアン』

沈黙/アビシニアン (角川文庫)

沈黙/アビシニアン (角川文庫)

 本書は「沈黙」「アビシニアン」の二作収録で、合計で600ページ近くある。文庫にしては厚すぎるボリュームといってよく、それぞれを別々に刊行しても問題ないはずである。それをあえて合本という形にしたのは共通のテーマに基づいているからではなかろうか。
 ルコ、という架空の音楽ジャンルを物語上に設置し、歴史を創り上げ、それに関わることとなった主人公とその親族を描いた「沈黙」。大学生のぼくが文字の読めない女性に恋をし、彼女のために物語を書く「アビシニアン」。前者では音楽、後者は文学そのものという「文字や言葉では表現しにくいものをあえて言語化する」という試みがなされている。そしてこれらを表現するためのアプローチも似通っており、「沈黙」では中途失聴者となる人物を登場させること、「アビシニアン」では愛する女性を文盲に設定することにより逆説的に対象を表現しているのだ。非常に野心的な作品集である。