湊かなえ『Nのために』

Nのために

Nのために

 2010年1月購入。7ヶ月の放置。とある高級マンションの一室で起きた殺人事件の顛末を関係者四人の視点で語った物語。女子大生の杉下希美、彼女と同郷の成瀬慎司、希美と同じアパートに住む安藤望と西崎真人、それぞれ悩みやトラウマを抱えており、作者はそういった心の中や過去の出来事を積み重ね事件へと至る過程を丹念に記している。この四人に加え、被害者夫妻――野口貴弘と奈央子の様子もまた丁寧に描かれる。これによりひとつの事件へと至るまでのそれぞれの感情が克明に映しだされる。
 登場人物の姓名どちらかのイニシャルがNであることからわかるように、「Nのために」のNはそれぞれ指し示す人物は異なる。彼ら彼女らはその「Nのために」良かれと思う行動をとり、意外な結末へと至ることになる。だが、本書において重要なのは結果ではなくその過程で見せる登場人物たちの心情にある。ある人物が相手を思いやっているのに対し、その相手は隠し事をしていたり、好意を寄せられた人物が相手に憎まれていたりする。視点を変えることによって判明するこのような心情の有様を描くは作者がデビュー以来やってきたことで、ここでもその手腕は健在である。話題となったデビュー作『告白』ほどの派手さはないものの、その筆致は堅実ですっかり自家薬籠中のものとしている。本書を含めたこれまでの四作で「湊かなえ」ブランドが出来上がったといっても言い過ぎではないであろう。作者のファンなら安心して読めることは間違いない。もっとも、球種が一種類しかない投手のような状態では今後食傷してしまう懸念も十分にある。別の作風の話も読んでみたいところだ。