酒見賢一『分解』

分解 (ちくま文庫)

分解 (ちくま文庫)

 2010年2月購入。4ヶ月の放置。冒頭の2編「ピュタゴラスの旅」「エピクテトス」及び巻末の「童貞」は他単行本からの再録。残りの5編が初収録作品となる。前3作が古代ギリシャや古代中国を舞台とした歴史物であるのに対して、これらの作品は非歴史もので、「奇想コレクション」や「異色作家短篇集」で見られるような独特の風味を持っている。
 銃の分解をレクチャーする師とそれを真剣に聞く弟子のシーンから始まる「分解」は、人間や意識、といった具合に分解対象を次々と変えていく。そして――という実験的な1編。
 音の神のうつろいゆく姿を描いた「最初の一滴の音」も、音の神視点で話が進んでいく不思議な味わいのある作品だ。
 空き地に建っていた建物は何か、という男の問いが主眼となる「この場所になにが」はホラー色が強い作品であるが、語り口にはユーモアも感じられる。
 「泥つきのお姫様は」ユーモア一色で、結婚することになった男女それぞれの、神となったご先祖様が喧々諤々で言い争うドタバタコメディ。
 虫の知らせがたたみかける掌編「ふきつ」も、やはりユーモア風味あふれる一編。
 以上、作者の幅広い作風を一緒くたに集めた好短編集。酒見賢一といえば中国歴史小説定評があるが、それだけでは彼の魅力を半分しか知り得ないことになる。その全貌を知りたい人には本書がよいとっかかりになるではないか。もちろん、作者の得手である中国ものの最新作『泣き虫弱虫諸葛孔明』は異色にして出色の爆笑傑作三国志であるので未読の方はぜひ読みましょう。あいにく、作者の体調不良で連載は止まっているけれど、再開を心待ちにしております。