松尾由美『ジェンダー城の虜』

ジェンダー城の虜 (ハヤカワ文庫JA)

ジェンダー城の虜 (ハヤカワ文庫JA)

 タイトルは言うまでもなく、アンソニー・ホープの傑作歴史冒険ロマン『ゼンダ城の虜』のパロディである。しかし内容的には元ネタを踏襲しているわけでもなく、あるいはジェンダーをテーマに据えて掘り下げているわけでもない。意地の悪い言い方をしてしまうと「そのタイトルを言いたかっただけやん」というツッコミを入れることも可能だ。
 とはいえ、中身を見るとそれなりに楽しめる作品だ。主人公の少年・友朗は「伝統的家族制度に挑戦する家族」のみに入居者が絞られた地園田団地に暮らしている。彼の家族は母親が働きに出て父親主夫をしている。他の住人も血縁関係のない契約家族であったりあるいはゲイのカップルだったりと一風変わっている。ある日友朗の学校に美少女転校生・美宇がやってくるのだが、彼女の引越し先も地園田団地であった。しかも彼女の父親はいわゆるマッド・サイエンティストで、「究極の女性解放装置」について研究しているという。そんな彼女の父親が何者かに誘拐され、友朗は美宇や団地の住民たちとともに博士の行方を探るのだった……
 設定からはラノベ臭が強そうであるが、極端なキャラ付けに頼るわけではなく、青春ユーモアミステリーとして十分な出来にあるといえる。であるからこそ、冒頭に上げたオマージュ色の薄さ、ジェンダーネタの掘り下げの足りなさは残念だ。タイトルのみに釣られたのであれば、思わぬ肩透かしを食らうことになるであろう。