北村薫『鷺と雪』

鷺と雪

鷺と雪

 2009年4月購入。9ヶ月の放置。昭和初期の上流社会、それもお嬢様たちの世界が舞台となっている「ベッキーさん」シリーズの完結篇。「不在の父」「獅子と地下鉄」「鷺と雪」の3篇を収録しておりいずれも謎の提示とその解明という基本的なミステリ的構造に則った作品となっている。だが(これはシリーズ全編を通して言えることだが)読了後の読者の印象に残るのは魅力的な謎や鮮やかな解決といったミステリ的主幹部分ではなく、作品世界の空気感というものになるであろうと思われる。そしてその空気とは不気味なブッポウソウの鳴き声であったり、恐ろしいドッペルゲンガーの存在であったりと、決して明るいものではない。大戦間近の不穏な情勢を反映したものであることは容易に想像がつくし、ラストシーンも歴史を知る者にしてみれば十分に予期可能なものになっているが、それまでの丹念な描写によって形作られた空気感によって非常に印象深いものになっている。昭和初期を描いた小説として、紛れもない佳作であるといえよう。