野村美月『”文学少女”と死にたがりの道化』

 語り手である井上心葉は中学時代、男であるにもかかわらず「覆面美少女作家」として活動していた過去の持ち主。作家活動はすぐに行き詰まり、そのストレスから過呼吸の発作持ちとなった心葉は高校に進学、文芸部に入部し天野遠子という風変わりな先輩と出会う。読んだ本のページを食べてしまうくらい物語を愛している「文学少女」である遠子とともに活動を始めた心葉の文芸部のもとに、奇妙な依頼が寄せられる。依頼者の少女いわく「恋文の代筆をして欲しい」と。
 主人公の文芸部の二人組の人物造形はいかにもラノベ的で、そのラノベ的キャラクターコンビのもとにもたらせる事件を解決する、というストーリーであるが、その事件に絡んでくるのが太宰治作品であるところが本書の読みどころなのであろう。太宰といえば『人間失格』に代表されるような、自身を徹底的に卑下する内容の作品、及びそれに象徴される作者像が一般的に思い浮かぶ。本書においてもそのイメージを基礎に据えてストーリーを展開していく。太宰に関する言及も作中には頻出するので、本書から太宰に興味を持つ読者も存在するかもしれない。しかし、その言及はあくまでも本作品を展開していく上でのものであり、そしてそれ以上のものではない。例えば『走れメロス』に関する言及もあるのだが、これらと『人間失格』のような作品の違いなどは掘り下げられない。ということで、素材としての太宰の作中で掘り下げは物足りない。が、そのような方法論を取らなかったことで逆に本作における登場人物は下手な枷を架せられることがなかったので、モチーフの扱いはともかくとしてキャラクターものとしては成功かもしれない。