金庸『書剣恩仇録』1〜4
- 作者: 金庸,岡崎由美
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ストーリーは乾隆帝に関する重大な秘密を知ってしまった仲間を救出せんとする陳家洛を盟主と仰ぐ紅花会と清国朝廷の対決を主軸に、清による侵略に苦しむウイグル族や同じ漢族同士でも個々の仇に関わる問題などが絡み、二転三転しながら進んでいく。基本的に中華圏の作品だということもあり、漢民族のナショナリズムをかりたてるような構図になっており、蚊帳の外の異国人である我々には、主人公たちに対して本質的な部分までの感情移入は難しいであろう。しかしそれを差し引いても「武諸葛」の二つ名を持つ武芸にも優れた軍師の徐天宏や「追魂奪命剣」の使い手である隻腕の無塵道人、清の高官の娘でありながら武芸を覚えたお調子者の少女・李沅芷、ツンデレ少女周綺や天然系美少女カスリーなど、登場人物は実に魅力的だ。
また、本書の物語構造は中国文学におけるある種の王道にのっとっていることにも注目したい。中国の伝統として、武よりも文を重んずるという風潮がある。何事も荒事をもって解決しようとする猪武者よりも、君子然とした人物が組織の上位に位置するのだ。例えば『水滸伝』における宋江であり、『西遊記』の三蔵法師、『三国志演義』の劉備、『封神演技』の太公望、武人でありながら自分を疎んじる国に忠誠を尽くすことを最優先した『岳飛伝』の岳飛もこの亜流といえよう。本書では紅花会の総舵主・陳家洛がこれに当たる。これらの人物は君子的側面の強さから、時に建前を優先しすぎるため、見方勢力による暴力的な事態で理不尽な目にあっても耐え忍ぶことになる。代わりに彼らに従う武の勢力が、問答無用の暴力でもってこれを退ける。黒旋風の李逵や張飛、牛皐たちの活躍は読者の胸をすくように、紅花会の部下たちの暴れっぷりは非常なカタルシスとなるのだ。
ということで、多彩な人物が織り成す物語は終始ハイテンションのまま進み、圧倒的パワーでもって読者を作中世界に引き込んでくれる。面白さは折り紙つきである。ただし、デビュー作ならではの荒さも目立つ。冒頭で大量投入する登場人物たちすべてが書き分けができているとはいいがたく、したがって作中世界になじみがないと一読カオス状態にもなりかねないし、クライマックスの盛り上がりに反してラストが弱い。もっとも、それを差し引いても英雄物語の傑作であるともいえるので、ぜひとも一読を薦めたい。