米澤穂信「小市民」シリーズ
- 作者: 米澤穂信
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- 作者: 米澤穂信
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- 作者: 米澤穂信,片山若子
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秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)
- 作者: 米澤穂信,片山若子
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読者にとって本シリーズは主人公カップルである小鳩と小佐内、二人の関係のありかたがもっとも気になる点であろう。そのあり方は恋愛関係とも依存関係とも異なる互恵関係、と当事者は認識している。謎を提示されれば持ち前の推理力を駆使して解決してみたくなる「狐」である小鳩と、自分に対して害をなす相手に復讐を企てることに快感を見出す「狼」である小佐内。二人がこのような性格的欠陥を克服し、「小市民」として高校生活を送るため、そのためのみに築き上げられた関係である。
シリーズ3作を通してこの関係は変化する。春期において読者に対して「互恵関係」のあり方が示され、夏期でいったん破綻を向かえ、秋期で再びとりなされる。この変化のあり方が我々読者を一喜一憂させることになる。
では、この関係をミステリ的文脈でとらえなおすとどうなるか。まず最初は両者の互恵関係は蜜月期間にある。「狐」たる小鳩は小市民的あり方を翻してまでも眼前の謎に首を突っ込む。すなわちミステリ的文脈における「探偵役」として行動していることになる。これに対して小佐内は「互恵関係」に支障をきたしかねない契約違反だとは思いつつも小鳩をアシストする。すなわち「助手役」「ワトソン役」のポジションに就く。二人の行動は「互恵関係」を破綻させるまでには至らない。しかし、小鳩が「狐」という本来の自分を抑えきれないでいたように、小佐内もまた「狼」である自分を抑止しきれなくなる。
続く夏ではこの二人の関係は壊れてしまうのだが、発端はケーキの取り合いという些細な出来事だ。小佐山のケーキをこっそり食べてしまった小鳩は、自身の行った「犯行」をどうにかして隠匿しようとする。対して、小佐山は小鳩の「犯行」を見抜こうとする。ここにおいて、両者の関係は小鳩=「犯人」、小佐内=「探偵」へと変化する。ところが、後に生じた事件によりこの構図はきれいにひっくり返る。己が内の「狼」を開放した小佐内は「犯人」となり、彼女の「犯行」を見抜く小鳩は「探偵」に返り咲く。
いうまでもなく、小鳩の本シリーズの基本的な立ち位置は「探偵」である。ところが、夏期冒頭で大胆にもその立ち位置を動かしたことにより、二人の関係のあり方は大きく変化する。ミステリおける「探偵」と「犯人」は対立する関係にある。お互いがそれぞれのポジションに収まってしまった以上、「互恵関係」を保つことは不可能だ。関係は解消せざるをえない。
そして秋期である。二人が「探偵」「犯人」という位置に落ち着いたことがここで活きてくる。小佐内は一度犯人役を務めた以上、ここでも「探偵」にとって限りなく怪しい人物として登場することになるのはミステリ的お約束である。そしてそのお約束にのっとるかのように怪しげな行動をとる小佐内。前作を踏まえている読者にとって小佐内は「容疑者」として存在することになる。この『秋期〜』は「結果として「容疑者」=「犯人」とはならないのだが、前作それ自体を意識した大胆なミスリードが盛り上げてくれる一作である。
そして「犯人」は「探偵」の敵であるが、「容疑者」はそうでない。容疑が晴れればなおさらだ。「犯人」という立場を脱した小佐内は、「探偵」小鳩の敵である理由はなくなる。「互恵関係」復活の余地が生まれ、そして読者の期待通りその関係は復活する。
このように、本シリーズは小鳩と小佐内、二人の関係をミステリレベル読み解ける作品である。作者は青春小説という面を前面に押し出しつつ、意図的かどうかは不明だが、「探偵」というミステリの主役を中心にその周辺の人物関係のあり方を描いている。であるならば、「冬期」はどうなるか。青春小説的お約束で「互恵関係」の発展、すなわち「恋愛関係」という形できれいに収束するのであれば、ミステリレベルの関係も「探偵」と「犯人」ではありえない。そして「探偵」と「助手」でも収まらないであろう。また、「小市民」ということで落ち着くならば、「探偵」とか「犯人」といった「非小市民」的役割を授かることもなくなることもありえる。いずれにせよ、この二人の関係の行く末がいろいろな意味で楽しみである。
――ということをつらつらと考えたのであるが、あいにくとmysdokuは都合がつかず不参加となってしまった。他者の視点による他者の意見が聞けなかったのは返す返すも残念であるが、個人的には意味のある再読になったと思う。
ところで、このmysdokuだが、上で述べたように他者の視点、他者の意見を知る、そしてそのことによって自身の読みを深めていくということができる貴重な試みであったと思う。ところが、本イベントのレポが私の知る限り2、3を除いてほとんどネット上に上がってきていない。肝心の他者の視点・意見がその場限りのものにとどまっており、参加できなかった第三者が詳細をうかがい知ることのできないものになっているのだ。参加者にレポを書く義務はないのだが、これは寂しい限りである。今後の参加者を増やす意味でも、また参加できなかったミステリ愛好家のためにも自身の意見を含めたレポを欠いていただけると非常にありがたいことだと思います。