浅田次郎『沙高樓綺譚』

沙高樓綺譚 (徳間文庫)

沙高樓綺譚 (徳間文庫)

 2005年11月購入。3年9ヶ月の放置。浅田次郎作品によく見られる特徴として「職業人に対するリスペクト」というものがある。代表作である「鉄道員」や長編『天国までの百マイル』に登場する医師が見せる自らの職に対する真摯な態度やプライド意識はしばしば読者の胸を打つ。そして扱う職業には貴賎がなく、「天切り松闇語り」シリーズの主人公や「きんぴか」や「プリズンホテル」等の作品に登場するヤクザなどは世間的に嫌われる部類の職業であるのに仁義に熱い、人としての情愛に満ちた人物として描かれる。『壬生義士伝』や『蒼穹の昴』といった歴史作品では国あるいは自らが使える主君のために生きる人物が登場する。
 本書は基本的には「沙高樓」という場所に集った人々がお互いの持つ取って置きの話を語り合う、という体裁をとっており、一種の百物語である。そして各短編でさまざな職業人を登場させており、「小鍛冶」では刀の鑑定士や刀鍛冶の、「糸電話」では精神化医師の、「立花新兵衛只今罷越候」では幕末に生きる田舎武士の、「百年の庭」では庭師の、「雨の世の刺客」ではヤクザの生き様を描きつつ、ミステリ仕立てにまとめている。いずれもやはりこの作者の売りである人情話となっており、読み手が感情面で受ける手ごたえはさほどないはずである。しかし登場人物の職業面における味付けが多彩であるゆえ、各話のディティールはかなり異なり、最後までマンネリ感を抱くことなく楽しむことができる。