道尾秀介『龍神の雨』

龍神の雨

龍神の雨

 2009年5月購入。1ヶ月の放置。本書は二人の視点で交互に展開されていく。妹の楓と義父と共に暮らす添木田蓮のパートでは、義父に対する怒りがつのっていく様子が語られ、その義父と妹の関係が危うさを増していくことによって連の怒りの感情はやがて一線を越えてしまうことになる。もう一方の視点人物、溝田圭介もまた、連と似た境遇にあった。両親は死んでしまい、兄と共に血のつながらない義母と暮らしているのだが、兄と義母は上手く行っていないし、圭介自身は実の母親を殺したのは自分であるという自責の念を抱いている。これら二組の家族で生じた事件を作者得意の手法、すなわち「視点人物の誤認・思い込みにもとづくミスリード」でもって読者に罠を仕掛けていき、トリック解明後に待ち受ける、提示された作品世界の風景の変化転倒をもたらすという形式は本書においても健在で、かつこれまでよりもいっそう洗練されている。テーマに家族の絆であるおとや、用いる手法がワンパターンで結果、読後に受ける印象が先行他作品と大筋で似通ってしまう、という面もあるが、本書そのもの価値にはなんら関係ない。
 なお、同じ家族の絆というテーマを好んで用いる作家に宮部みゆきがいるが、彼女の場合は家族崩壊それ自体には諦念に近い感情でもって処理しており、そのような環境下にあって個人個人がどう生きていくか、ということが重視されている。一方、道尾作品の登場人物はその家族崩壊事態を重く受け止め、どうにかしてその家族を再生させようとしている。この売れっ子両作家のアプローチの違いは興味深いところである。