北村薫『街の灯』

街の灯 (本格ミステリ・マスターズ)

街の灯 (本格ミステリ・マスターズ)

 2003年1月購入。6年の放置。昭和初期、女子学習院に通うお嬢様・英子とそのお付きの運転手・別宮――通称ベッキーさんのコンビによるミステリ譚。新聞に掲載された<<奇怪、自らを埋葬せる男>><<酩酊男水死>>という二つの事件の関連を発見し、事件を解決する「虚栄の市」、兄の親友による暗号ゲーム、その暗号を解き明かす「銀座八丁」、避暑地で行われた映画鑑賞会で起きた事故の真相を突き止める表題作「街の灯」の三編。
 基本的に事件を解明するのは英子であり、関係者の目に映る探偵役は紛れもなく彼女であり、ベッキーさんは彼女の意向に沿って事件解明のための材料を集める助手役、ということになる。これすなわち実際の人間関係における主人とその使用人というものに通じている。だが、読者の目に映る二人の関係はそう単純なものではない。はっきりと記述されないものの、ベッキーさんもまた英子の突き止めた真相に英子よりも早くたどり着いているふしがある。通常のミステリであれば、探偵役はむしろベッキーさんがなるところであろう。しかし作者が設定した時代背景・人物配置設定はそのままベッキーさんが前に出ることを許さない。彼女はさりげなくヒントを与え、主人を立てることに徹している。このことにより、純粋に謎解きを楽しむだけでなく、探偵役と助手役の微妙な関係が生じている。本書におけるミステリ小説としての妙はひとえにここにあるといってもよい。
 むろん、本書の楽しみはミステリ的趣向のみではない。昭和初期の上流階級、特にお嬢様学校に通う者たちを描いた物語としての美しさこそ本書の最大の読みどころで、むしろミステリ的要素はお嬢様物語を紡ぐ上で生じたおまけに過ぎないのではないか。作者の女性描写は現代を舞台にした小説ではかまととぶっておりやや鼻につくのだが、時代を昭和初期に持ってきた本書ではそのような女性たちが収まるべきところに収まった感がある。また、サッカレー武田麟太郎の小説、チャップリンの映画から持ってきてタイトルは、雰囲気作りに一役買っている。作者の持ち味が十全に活かされた佳作といえよう。