樋口有介『雨の匂い』

雨の匂い

雨の匂い

 父親は末期癌で入院中、祖父は自宅で寝たきり生活、離婚した母は金に困って前夫の死後に発生する保険金を当てにしている。主人公はこのような環境下に置かれており、けだるさややるせなさが終始まといながらストーリーは進んでいく。とはいえいわゆるミステリ小説的な事件は明確に発生はしない。父を見舞い、祖父を介護しつつその祖父の紹介で受けたバイトを淡々とこなし、(樋口小説では定番の)何人かの女性と知り合い仲良くなり……といった具合だ。もちろん、そのまま終わることなくミステリ的な展開が最後には訪れるのだが、そこに至るまでの展開はどちらかといえば一般小説風だ。女性との絡みや切なげな雰囲気などはいかにもこの作者らしいものだが、全体的に暗鬱で、作者のこれまで描いてきた青春小説の暗い部分をより濃密に抽出した作品だ。