田中芳樹『アルスラーン戦記13 蛇王再臨』

蛇王再臨 アルスラーン戦記13 (カッパ・ノベルス)

蛇王再臨 アルスラーン戦記13 (カッパ・ノベルス)

 2008年10月購入。1ヶ月の放置。ファン待望の最新刊。本書ではアルスラーンエステルの再会、十六翼将の勢ぞろいと見せ場たっぷり。同時に終局へ向けて主要人物に死が訪れたりも。期待していた面、訪れてほしくなかった面、双方が描かれた巻だ。
 また、今巻は物語世界内での力学を強く感じさせる巻でもある。以下、ネタバレのためたたみます。
 本書の主人公・アルスラーンの統治するパルスは以前にルシタニアの侵略によって国を一度奪われている。それを奪還し、立て直したアルスラーンであり、パルスの民にとってルシタニア人は憎むべき侵略者である。
 アルスラーンはその侵略者であるルシタニアの女騎士・エステルのことを好ましく思っていた。そしてエステルもまた、敵国人のアルスラーンのことが気になってならない――この二人の恋、いや、濃いとも呼べぬ淡い感情ではあるが、その二人の思いは通じることはあっても結ばれることはない。なぜなら、憎みあう国同士であるから。ここで、国同士のしがらみを乗り越えて結ばれる、という展開は読者の望むところであろう。しかし、アルスラーンは一国の王である。敵国の少女と結ばれるなど、あってはならない――というのが民意であろう。世界設定が磐石であるがゆえ、安易に二人が結ばれる展開などありえないのだ。ここで読者を満足させたいがゆえに世界観を捻じ曲げるほうが安易であり、そのような安易な展開が取れるほどあいまいな世界設定など、作者はしていないのだ。
 同様に敵国の騎士ドン・リカルドは十六翼将の地位に就くには、国籍を捨て、パルス人パラフーダ「を名乗る必要があった。こちらは読者の視点で見るならば、世界設定の磐石さを見せつつ、敵国人を従える度量の広い王という人物像を描くことも出来ており、作品的には二重の効果があるといえる。
 このようなぬるさのまったくない、シビアで完成度の高い世界が出来上がっている物語であるからこそ、新刊がなかなか出なくても読者は今なおついてきているし、続刊の早期刊行を望まれるのであろう。