牧薩次『完全恋愛』

完全恋愛

完全恋愛

他者にその存在さえ知られない罪を
完全犯罪と呼ぶ
では
他者にその存在さえ知られない恋は
完全恋愛と呼ばれるべきか?

 冒頭のこの言葉が示唆する「完全恋愛」をテーマに描いたミステリ。そのミステリの根幹部分たるメイン・トリックはある程度ミステリを読み慣れた読者であれば容易に察しのつくものであろう。したがって、提示されたトリックが喝破できるか否かで作品の出来の良し悪しをはかるというような貧しい読み方しかできない読み手にとってはさほど評価に値しない作品に映るかもしれない。
 しかし、本書の読みどころはたった一発のトリックのみにあるわけではない。そのトリックによって生み出される効果を十二分に見せるための演出が素晴らしいし、何よりも作品それ自体がひとつの物語としてよく出来ている。
 ストーリーは柳楽糺の少年時代から始まり、やがて有名な画家になり死んでいく、という過程を中心に描かる。そしてその彼の一生に終始存在した恋焦がれた女性・朋音への思いが常に存在している。朋音は糺すとは別の男性と結婚してしまうのだが、糺の思いは変わらず、とある事件に巻き込まれた朋音やその娘を影ながら助けていくことになる――
 この過程で描かれるのは一男性の秘めし恋心のみではない。戦後から現在までの時代をミステリに仮託して表現しているのだ。東野圭吾白夜行北森鴻『共犯マジック』あるいは山田正紀『ミステリ・オペラ』などの先行作と同様に。この部分がミステリどうこう以前に読み応えがあり、非常に楽しめた作品だ。御年70をゆうに越える作者のものとは思えない力作である。