陳舜臣『陳舜臣中国歴史短篇集5 王朝推理篇』

 玄宗統治時の中国・唐代が舞台で、賀望東を探偵役とした『長安日記』から六作、やはり唐代を舞台とした、方形の壺のような形状の建物内部で起きた殺人事件の話「方壺園」、ムガル王朝インドでの皇子の死の真相を描いた「獣心図」、金庸書剣恩仇録』にも登場する香香公主の元ネタでもある謎に包まれた香妃の姿を描く「四人目の香妃」、日清戦争での清軍内部の確執がらみの殺人事件「大南営」を収録。
 現在では中国歴史作家としてあまりに著名な作者だけあって、時代設定は広範で、舞台設定も多岐にわたる。中にはインド歴史ミステリも含まれるが、作者未完の名作に『インド三国志』があることを思えば、その着目店には驚嘆には値しないであろう。
 いずれもミステリというジャンルのみに絞った、著しく視野の狭い貧しい読み方をしてしまえば、さほど印象に残らないミステリ短編集にしか捕らえられないかもしれない。しかし、深い知識に裏打ちされた時代描写は抜群。しかもその描写は史料を取材したことをひけらかすようなくどさはなく、あくまでさりげない。したがって文章として非常に読みやすい。このあたりは後の中国歴史ものの巨匠としての筆致に通ずるものがある。
 最近、特定の時代・地域という枠にとどまらない広い意味での過去のミステリ作家の再評価の動きが見られるが、陳舜臣は(実績の割りに)さほど注目されてないようだが、非常にさびしいことである。