荻原規子『これは王国のかぎ』

これは王国のかぎ (中公文庫)

これは王国のかぎ (中公文庫)

 2007年2月購入。1年8ヶ月の放置。現実で辛い目にあった主人公が異世界を訪れ、そこでさまざまな経験をし、現実と向き合う強い心を手に入れる――本書はこのようなファンタジーの王道の一典型といえる構図を成している。宮部みゆき『ブレイブ・ストーリ』は本書と同じ構造を有しているが、宮部作品の描く現実が(いかにも宮部作品ともいうべき)家族関係に絡んだ深刻な問題をはらんでいるのに対し、本書の主人公・ヒロミの抱えている問題は失恋、というこの年代の少女にはありがちなものである。しかし、そのありがちな問題こそ、この年代の少女にとっては現実から逃げ出したくなる重大なものなのであろう。
 ヒロミの訪れたところはアラビアンナイト風の世界で、そこでは彼女は平々凡々たる一少女ではなく、強大な力を有した魔人として存在していた。そして二人の少年に出会い、王家争い絡みの冒険に巻き込まれていく。時に魔人としての力ゆえに頼られ、時に敬われ、その世界での存在意義を見出していくヒロミ。次第に辛いことのあった現実世界よりも、魔人として暮らすその世界のほうに愛着を抱いていく。
 しかしそれでも結局彼女は現実へと立ち返ることになる。現実から目を背け異世界にしがみついている間でも、彼女はその世界の衣装をまとわず、本来いるべき世界の制服を身につけたままでいる。あくまで彼女自身の意思で。この種の物語における異世界は、あくまで現実世界を見つめるための鏡として機能するものである。この衣装描写はその鏡を機能させるための少女の心中の表れなのだが、現実から逃げながらも、最後の最後、心の奥では現実を捨てきれずこだわり続ける少女の姿の描写として、非常に秀逸であるといえる。