柄刀一『OZの迷宮』

OZの迷宮 (カッパ・ノベルス)

OZの迷宮 (カッパ・ノベルス)

 2003年6月購入。5年4ヶ月の放置。ネタバレなのでたたみます。
 本格ミステリを犯人と探偵の知恵比べ、という観点で眺めた場合、たいていのケースは犯人<探偵という力関係が成立している。さらに言うならば、物語上で犯人が仕掛けた発生した謎に悩むすべての登場人物(被害者・目撃者・犯人とは別の容疑者等々……)を、その謎の軛から開放する唯一の存在として、探偵は犯人のみならず物語上すべての登場人物の上位存在として特権的位置を占めているといえる。
 本書は連作短編集であるが、三人の探偵役が順を追って登場する。第一の探偵・鷲羽は事件を解決することで早々と作中の上位存在の位置にたどり着く。その鷲羽はある事件の犯人役となってしまい、犯行をごまかすために次なる探偵役・月下を陥れて偽の犯人として突き出そうとする。
 しかし月下は鷲羽の姦策を見抜き事件を解決する。この時点で第一の探偵・鷲羽<第二の探偵・月下という構造が発生し、作中最上位存在たる探偵をさらに上回る探偵が誕生する。
 その月下もある事件で犯人の企みを見抜き、告発するものの犯人自身の手によって殺されてしまう。謎を解決させたという意味においては犯人<探偵の構図は健在であるものの、犯人に命を奪われてしまったことでこの本格ミステリのお約束的構図は崩壊してしてしまった。
 この崩壊した構図を立て直すのが、第三の探偵・南美希風だ。第二の探偵・月下の退場によって連作短編の流れは途絶えてしまい、以降の数編はこれまでとは独立した話であるように進んでいく。しかし、この南美希風という心臓病を患った少年が手術により手に入れた健康な心臓の持ち主が第二の探偵・月下のものであったことが明らかにされると、これまでの構図がここでも有効でさらに補強されたものであることになる。
 すなわち、第三の探偵・南美希風は自身の推理力のみならず、第二の探偵(=第一の探偵を凌駕した)・月下の生命の源を受け継ぐことで(象徴的に)その推理力をも受け継いだのだ。ここで第一の探偵<第二の探偵<第三の探偵という構図が成立し、本格ミステリ世界における特権的上位存在の探偵というポジションは本来的意味よりも更なる強固なものとされる。
 以上のような意味で、本書は本格ミステリにおける「探偵」という存在を突き詰めた作品といえる。そのユニークな試みのみならず、個々の短編の出来のよさは、この作者になじみのある読者であれば、言うまでもないことだ。