有栖川有栖『妃は船を沈める』

妃は船を沈める

妃は船を沈める

 2008年7月購入。2ヶ月の放置。中編として発表された二作品を幕間でつなげ、変則的な長編として刊行された作品。海に転落した自動車に乗っていた男には多額の保険金がかけられていた。事故死と思われた男の死の真相が、有名なホラー作品「猿の手」を本格ミステリ的に解釈することで導き出す第一部「猿の左手」。地震発生直後に見つかった銃殺死体の犯人を追い詰めていく第二部「残酷な揺り籠」。
 本書はフーダニットに焦点を絞った作品ではない。一部二部通しての最大の読みどころは探偵VS犯人の対決シーンにある。探偵・火村英生は推理によって事件の犯人を導き出すのだが、決定的な証拠というものが欠けていた。その犯人を追い詰めるために、わずかな痕跡から一歩一歩、着実に犯人を追い詰めていく。犯人いわく「砂の上に築かれた楼閣」のようにもろい推理だが、決して崩れることはない。トリックの奇抜さやアクロバットな論理展開でもなく、その着実な推理過程。それも本格ミステリの醍醐味のひとつであろう。また、犯人を追い詰める探偵像、というのは火村英生という探偵役には非常にはまっている。シリーズキャラクターの特性も十全に活きた佳作といえよう。