北村薫『野球の国のアリス』

野球の国のアリス (ミステリーランド)

野球の国のアリス (ミステリーランド)

 アリスは女の子でありながら少年野球チームのエースを務めており、その実力たるや、同年代の男の子も舌を巻くほどだった。しかし進学した中学の野球部では女子選手として所属することは許されておらず、アリスは野球を辞めてしまった。ところが、アリスは再び投手として全国一のチームと勝負することになる。それも、奇妙な成り行きで迷い込んだ鏡の国という舞台で。
 物語の根底にあるのは主人公アリスの成長であり、アリスの前に立ちはだかるのは男女差の壁である。男女による体力差がそれほどでもない小学生のときは野球選手として活躍することが出来た。しかし、年をとるにつれて男女の体力差は大幅に開いてしまう。そしてそれが確実なことであるために、そもそもの活動の場すら用意されていない。最後に野球をすることのできた鏡の国は、性差の乏しい子供時代に別れを告げる祭りの場であり、試合後にその世界を去って現実世界に戻ることは子供時代への決別、そして少女への成長を意味する。鏡の国での冒険はすなわち、通過儀礼でもあるのだ。
 現実世界と異なる鏡の国の様子や野球のシーン、チームメイトとの友情など読みどころもきっちりと用意されており、素直に楽しんで読み進めることができるので、作品そのもの印象はかなりよいものだ。ただ一点、残念なのは大人の描写で、敵チームの監督をアリスたちに対する悪役として設定したかったのか、あまりに安易な性格付けがされている。そしてにもかかわらず、安易に改心したりしている。作品世界やアリスの成長過程が丁寧に描かれているだけに、そこでの雑さが目立ってしまった。