道尾秀介『カラスの親指』

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb

 2008年7月購入。1ヶ月の放置。作品全体に大きなトリックを仕掛け、最後の謎解きでそれが判明することによって作品そのものの構図を大幅に変化させて見せる。これは道尾ミステリにおいて顕著に見られることだ。そしてその構図の転倒、それによって生じる価値観の変化がその作品のテーマと密接に結びついていればいるほど、作品それ自体の完成度は高いものとなる。その意味において本書は道尾ミステリの中でも屈指の完成度を誇る作品といえよう。
 主人公の武沢はやむにやまれぬ事情で闇金の手先として借金の取立てをしていたのだが、ある時取立てにいった母子家庭の母親を自殺に追いやってしまう。取り立て業から身を洗った後、今度は詐欺師をはじめるのだが、そこである少女と出会う。まひろという名のその少女こそ、かつて自身が自殺においやった女性の娘であった。武沢は詐欺師の相棒テツさんとまひろ、まひろの姉のやひろ、やひろの彼氏貫太郎、以上四人の人間と暮らし始めることとなった……
 擬似家族めいた関係のもと、武沢は贖罪の意識を高め、自身はトラブルに巻き込まれながらもどうにか姉妹を助けていこうとする。前述したミステリ的仕掛けを非常に上手く用いてこの贖罪、というテーマを処理している。大いなる予定調和、ともいえるがこのレベルでやってくれれば予定調和万歳、といわざるを得ない。
 また、「人を自殺に追いやったことを悔やんでおきながら、今やっているのは詐欺師で結局犯罪者だ。それ贖罪かよ」という、贖罪を扱う上でネックとなりそうな設定も、一応の作中内解釈もあり大きな傷とならずにすんでおり、一本筋の取った作品となっている。
 とにかく作家の上手さが目立つ作品であり、期待通りの出来といえる。しかし『片眼の猿』以降本書に至るまでの一連の作品はストーリーの波のつけ方やトリックの仕掛け方が似たような構成になっており、同工異曲といえなくもない。もちろんその上での期待通りではあるのだが、もう少し作風の幅を見せてほしいところでもある。作風面においてまだ安定に入るのは早いでしょう。