北森鴻『香菜里屋を知っていますか』

香菜里屋を知っていますか

香菜里屋を知っていますか

 2007年11月購入。9ヶ月の放置。バー「香菜里屋」のマスター・工藤を探偵役に据えた本シリーズは、工藤の作る美味そうな料理を肴に客たちが持ち寄った不思議な謎・事件を解明していくいわゆる安楽椅子探偵ものの佳作だ。落ち着いたテンションで語られる工藤の謎解きは鮮やかで、短い話の中にもミステリとしての起伏がきっちりと盛り込まれている。謎解き小説としても端正な構造を取っている。しかし本シリーズ最大の謎は、素性がほとんど語られることのない探偵役の工藤自身にあるといってもよい。シリーズ完結編の本書では、その工藤にスポットが当てられる。
 修行時代をともにした工藤の先輩が登場したり、過去に何らかの因縁があると思われる男の出現。そして「香菜里屋」という名の由来……すべてが詳らかにされるわけではないが、シリーズ最大の謎は徐々に解明されていく。読者からすると、主人公の素性が知れることは望ましいことだが、同時にヴェールが取り払われてしまうこと、シリーズが終了してしまうことに寂しさを覚えるに違いない。
 なお、ラストで他シリーズのオールスターたちが登場するのは作者が好んで用いる手法である。この手法は未読読者は置いてきぼりにしてしまい、また既読者であってもやりすぎが鼻につくことになりかねない。しかし本書では程よい自己主張にとどまり、余韻をぶち壊すことにはなっていない。