井上裕美子『臨安水滸伝』

臨安水滸伝 (中公文庫)

臨安水滸伝 (中公文庫)

 2007年3月購入。1年5ヶ月の放置。「水滸伝」と銘打たれているが、実際の「水滸伝」を扱った話ではない。また、「水滸伝」から連想されるような、あまたの英雄好漢が大活躍する話ではない。本書が「水滸伝」の名を仮託しているのは、腐敗した自国の権力者に対する反抗と、外敵の侵略からの抵抗という、「水滸伝」における主人公たちの立ち位置がそのまま本書の主人公たちにも通ずるからであろう。特に前者の自国における権力者に対してみせる反骨精神は顕著である。
 時代は本家「水滸伝」よりややさかのぼる。金の侵略から国を守ってきた英雄・岳飛は謀殺され、宋国の権力はその岳飛を退けた宰相・秦檜が握っていた。武力によって敵兵を退けてきた岳飛の国民的人気は高く、その岳飛を殺し、敵と和平を結ぼうとする弱腰の秦檜は金に抗う多くの国民の怒りを買っていた。
 そのような情勢下、漕運業を営む夏家のもとに、岳飛の隠し財産を探すよう依頼がもたらされる。岳飛とは何がしかの縁があると思われている夏家の若き兄弟は、その依頼を引き受けるのだが、秦檜の影もちらつくのだった。そこに北からやってきたわけありっぽい父娘が絡んでくるのだが……
 『岳飛伝』の邦訳が登場したことにより、比較的なじみやすくなった南宋時代を描いている。基本的なイメージとしては、体を張って国を守ったにもかかわらず味方に忙殺された岳飛判官びいき的視点で捉え、逆にその岳飛を殺して国を売った(かのように見える)秦檜は悪役といったところであろう。当然本書でも秦檜は敵役として登場するのだが、単純に悪役とはされていないところあり、歴史的人物を描写するにあたっての深みを感じさせてくれる。
 しかし、本質は歴史人物を扱った話ではなく、そういった人物の登場する時代を扱った活劇ものである。夏家の兄弟、風生と其生の活躍を楽しむべし。