連城三紀彦『嘘は罪』

嘘は罪 (文春文庫)

嘘は罪 (文春文庫)

 2006年6月購入。2年の放置。卓越した技巧を駆使して作り上げた大胆な騙しの技術、そしてそれによって生まれた数々の傑作群……連城三紀彦という作家は熱心な本格ミステリ読みにとって特別な存在であることは間違いないであろう。しかしその中で俎上にあげられる作品はほぼ限定されている。『戻り川心中』『宵待草夜情』『暗色コメディ』最近では『黄昏のベルリン』『敗北への凱旋』「喜劇女優」……これらの作品が本格ミステリとして傑作であることは衆目の一致するところであろう。しかし、それら作品の発する輝きにくらまされ、他の優れた作品にまで目が及ばないということもある。
 本書はミステリ濃度は代表作と比べるとやや低めで、各短編に扱われている背景に不倫・浮気がらみのものが多く、そういった恋愛がらみの心の機微に読者の視点が注目しがちで、必然ミステリ読みの注目度は低くなるであろう。しかし、目次を見ればわかるように各短編のタイトルが「夏の最後の薔薇」→「薔薇色の嘘」→「嘘は罪」……→「雨だれを弾く夏」いった具合にしりとりをするようにつなげ、最終的には円環構造を作り上げる、というようなミステリ読みが好むような遊び心を発揮している。
 そのような稚気めいたことだけでなく内容的にも表題作は秀逸。友人の頼みでその友人の振りをして旦那の不倫相手に会うのだが、自分の立ち居地を「嘘」で偽り、そして友人やその旦那に対する複雑な感情などが絡み、そこから生じた発言が自分自身にも影響を与えていく。ほとんどが会話で進行していく話だがその中で主人公の立場を反転させていく。その手練は鮮やかで、他の代表的なミステリ作品と比してもさほど引けはとらないであろう。他にも「罪な夫婦」あたりもミステリとして秀作。