池上永一『夏化粧』

夏化粧 (文春文庫)

夏化粧 (文春文庫)

 2006年6月購入。1年11ヶ月の放置。不倫相手の子どもを産み、育てている津奈美。その赤ん坊は産婆によって出産時に掛けられたまじないが原因で、誰からも姿を見ることができなくなってしまっていた。まじないを解く方法はひとつ。「陰」の世界へ行き、他人の願いを七つ奪ってくることだ。
 本書は自分の子どもを救うために他人を犠牲にするという、鬼子母神譚の異種である。そこには当然、倫理的な問題がつきまとうし、必然的に悲壮な展開が待ち受けて来るだろうし、また、それにともなう母親の葛藤の重さも読み手にのしかかってくるだろう。しかし作者は主人公の母親・津奈美に対する視線、あるいは彼女を語るにあたってほどよい距離感を設けることによってストーリーから生じる陰鬱さを上手く回避している。七つの願いを奪うという下手をすれば単調な繰り返しになりがちな展開も、話運びのテンポのよさで回避している。
 母親の子を思う気持ちの深さとそこから生ずるエゴといった重い問題を扱った作品として読むと逆に物足りないかもしれない。しかし、設定からは想像しがたいほどにユーモア要素に富み、非常に読みやすい作品である。