佐藤賢一『ジャンヌ・ダルクまたはロメ』

ジャンヌ・ダルクまたはロメ (講談社文庫)

ジャンヌ・ダルクまたはロメ (講談社文庫)

 2006年2月購入。2年3ヶ月の放置。中世ヨーロッパを舞台とした歴史短編6作。表題作は神の啓示を受けて救国の士として立ち上がったジャンヌ・ダルクの素性を探る男がたどり着いた意外な事実をミステリ風味を利かせて描いている。そのジャンヌ・ダルクが魔女として裁かれんとするのを救おうとする男を描いたのが「ルーアン」。見たこともないカスティリーャ女王・イザベルの窮地を救わんとする婚約者・アラゴン王太子フェルナンドの示した男気「エッセ・エス」、絵画に関してすさまじい技量を見せる弟子を持った親方の話「ヴェロッキオ親方」、友情の陰に隠れた打算の行く末をユーモア交じりに描いた滑稽譚「戦争契約書」、軍事技師として田舎に帰ってきた男が胸に抱いた愛憎「技師」、レオナルド・ダ・ヴィンチの飛行実験犠牲になった男の妻とダ・ヴィンチとのやり取り、そしてその先に生まれたあるもの「ヴォラーレ」。
 佐藤賢一作品に登場する男性は、女性を非常に思いやっている。本書でいえば「ルーアン」の語り手ジャック・ドゥ・ラ・フォンテーヌや「エッセ・エス」のフェルナンド王子などはその傾向が顕著で、彼らの見せる情愛の精神は非常に好感が持てる。この情愛の精神は現代のフェミニズムとはまったく異なり、中世的な騎士道精神の表れともいうべきもので、男児たるものか弱い女性を守ってなんぼのものといわんばかりの男気の結晶である。これを現代的なフェミニズムの視点をもっともシニカルな角度に据えて眺めると、女性をカゴの中の鳥のように見ているのではとヒステリックに叫ぶことも可能だろう。だが、そのような行き過ぎた理知などいらない。大切なのは男児として生き様である。女性を守りたい、たすけたいという男として純粋な感情の発露を描いているからこそ、佐藤作品の男性には好感が持てるのだ。
 もちろん、そういった騎士道精神を描いた作品のみならず、他作品いずれも高いリーダビリティに支えられた好短編であり読み応えのある作品に仕上がっている。