井上裕美子『非花』

 2004年9月購入。3年半の放置。井上裕美子は中国歴史ものの書き手として知られるが、その中国ものでも特に「女性」に焦点を当てた作品が多いのが特徴だ。抗金の武将李全の妻、楊妙真を描いた『李花槍天下無敵』や明末清初の奸雄・呉三桂とその愛人陳円円にスポットを当てた『紅顔』、あるいは筆者の中国もの初期の名作で秦良玉を主人公とした『女将軍伝』などだ。 
 本書は短編4つが収録されている。宋代、博識な夫に先立たれ、再婚した詞の名人李清照の時代にそぐわぬ奔放な生き様、そしてそうでありながら毅然とした人格を描いた「梅花山弄」、明代の没落した家系の兄妹、そして不思議な友人との友情譚「傅延年」、唐代、科挙合格間違いなしと言われた秀才が惚れた少女との駆け落ちの裏に潜む陰謀「葛巾紫」、義和団事件後の北京、ドイツの将校を訪れた娼婦の話「非花」。
 以上のように扱う時代はさまざまで、かつ、純粋に歴史ものというよりは志怪伝奇に近い内容の話もある。だが、いずれもそれぞれの時代の女性を描くことが第一の主眼となっており、しかも彼女たちは各々花に擬せられている。「百花譜」なるシリーズものとして企画したものであろう。女性たちの数奇な運命を、優美でありながら時に力強い筆致で語っており、時代背景及び人物に予備知識のない読者を惹き付ける。まだまだ別の花の物語を読んでみたい気にさせてくれる佳品ぞろいの短編集だ。特に史実に基づいた表題作は素晴らしい。