宮城谷昌光『香乱記』1〜4
4冊まとめて。
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秦末漢初の動乱を舞台にした歴史小説といえば、司馬遼太郎の傑作『項羽と劉邦』のように楚漢戦争の両英雄にスポットを当てる書き方が正攻法であるだろう。常に勝ち続けながらも最後の最後で敗れ去った項羽と、その項羽に負け続けながらも粘り強く戦い、最終的に勝者となった劉邦。対象的な人物像ながら魅力溢れる二人にスポットを当てれば必然的にスペクタクル溢れる戦乱絵巻を描けるだけでなく、覇者と王者の違い、すなわち王とは何ぞや、という問題にすんなり切り込んでいけるはずだ。
しかし宮城谷はこの動乱の時代を書くにあたって英雄二人をあえて中心から外し、田横という人物に視点を合わせるという搦め手を用いてきた。そうすることによって、項羽と劉邦には別の人物像が浮かび上がってくる。無辜の民をも殲滅する残虐無比な男・項羽と陰謀と変節が常の信用ならざる梟雄・劉邦という覇権を争う二人の男はどちらも新時代の王としてふさわしいとはいえない。本書の主役・田横は斉王家の血を引く高潔な士として描かれ、その性格ゆえ項羽と劉邦いずれの下につくことを潔しとしないのだった。従来の勝者たる漢王朝中心の視点からは見えてこないまったく新しい物語として非常に興味深く読める作品である。