米澤穂信『インシテミル』

インシテミル

インシテミル

 2007年8月購入。1ヶ月の放置。米澤ミステリの特徴は、ミステリを構成する本格ガジェットはあくまで物語を構成する要素にすぎず、その要素を用いて描き出す登場人物の絡み、そしてその結果によって生じる心情面の綾に主眼が置かれている点にある。青春小説的要素が主で、(贅沢なことに)ミステリ部分は従という関係性が成立しているといってもよい。この主従関係が逆転したら、どんな作品が生まれるか――ということで、『インシテミル』である。本格ミステリ的要素をふんだんに投入し、ともすれば既存の読者を置き去りにしかねないほどマニアックな(しかし本格読みには共通言語ともなりうる)作品に言及し、作者自身がミステリに「淫してみる」。結果として米澤作品としてはもっとも本格濃度の高い作品となったが、同時にもっとも青春小説濃度の低い作品となった。『ボトルネック』のちょうど対極にあるといえる。
 もっとも興味深かったのは「小市民シリーズ」や「古典部シリーズ」でも見られた探偵自身による探偵行為に対する抵抗感が本書にも見られたことだ。ある意味探偵役の抱くこの感情のあり方がもっとも米澤作品らしい特徴といえるかもしれない。