有川浩『空の中』

空の中

空の中

 はるか上空に巨大生物の存在が確認された。「白鯨」と名づけられたその生物は人間の言葉を理解することができ、それゆえコミュニケーションをとること可能だった。しかし同時にその巨大さゆえに人間にとって迷惑となることもあった。「白鯨」にぶつかってしまい命を失った自衛隊パイロット斎木の部下・光稀、そして斎木の息子・瞬の二つのパートで物語りは進行し、そして終始、大事な人間を奪った存在である巨大生物とどう接するべきかが問われていく。作者の人間の本質を見る視点は、ともすればそれは甘すぎるのではと思ってしまうほど優しいものである。そこに絶対的な悪の概念は存在せず、たとえば「白鯨」に対して憎悪の感情を抱いている者もいるが、その感情は個人的事情に基づくものであり、しかもそういった負の感情は最終的に昇華されるとはいかないまでも折り合いがついてしまう。これはデビュー作『塩の街』でもそうであるが、基本的に善人の存在が前提となっているので読み心地は非常によく、読者にとって優しい作品で、辻村深月作品を読んだときとの手ごたえに似ている。作中世界に黒さを求めない読者にとっては非常にはまりやすい性質の作品である。