司馬遼太郎『義経』上下

新装版 義経 (上) (文春文庫)

新装版 義経 (上) (文春文庫)

新装版 義経 (下) (文春文庫)

新装版 義経 (下) (文春文庫)

 上下巻まとめて。2004年2月購入。3年弱の放置。

それが、この若者と法師の生涯を、伝奇的な運命に変えた。

 義経と弁慶の出会いの場面を作者独特の言い回しでこう記している。しかし、後世に語り継がれたいわゆる「伝奇的な」エピソード――五条大橋での牛若丸と弁慶の対決、壇ノ浦での八艘飛び、衣川における弁慶の仁王立ち等々は本書ではまったく取り上げられない。物語を彩るに相応しい伝奇的エピソードを紡ぐ代わりに、文献から表れてくる義経、弁慶、頼朝らの等身大の人物像を徹底的に追求している。そうやって描かれた義経という人物は政略をまったく省みない、というかそもそもそういった政治性を微塵も持ち合わせていないおバカな男ではある。そこに判官びいきを見出すのが日本人の特性だとすれば、作者はそういった民俗性というくびきから解き放たれたより高い、鳥瞰的な視点で物語を展開させていく。その視点は冷徹さも持ち合わせているが、同時に登場人物に対する愛情も感じられる。歴史小説という分野で今なお司馬が特別な存在足りえるとするならば、それはこの視点を確立しているからに他ならない。良作だ。