三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』

まほろ駅前多田便利軒

まほろ駅前多田便利軒

 本書の重要なテーマにひとつに「主人公の家族の絆」というものがあるのだが、そのテーマは直截的に語られるのではなく、どちらかというとエンディング近くまで後景に押しやられるような格好で語られる。代わりに前面に出てくるのが数々の枝エピソードであるが、これが非常に効果的だ。入院中の老人との「疑似家族」の話。バスの運行時間に不正があるのでは、という取り越し苦労を抱く依頼人の話。家族同然の犬と別離を迫られる少女の話。その犬の新しい飼い主の風俗に勤める女性の話。相棒の行天との奇妙な友情やその行天の家族の話。失われた指とその指が再生する話……これらがあるいはダイレクトにあるいは間接的に「家族の絆」というテーマにつながっていく。その語りの匙加減が実に巧みな一品だ。