泡坂妻夫『春のとなり』

春のとなり

春のとなり

 終戦後の神田神保町界隈を舞台にした青春譜。自伝小説の色合いが濃く、主人公の秀夫青年のモデルは作者自身と思われる。敗戦直後ということで社会的にいまだ安定期とはいえない時代を「冬」と表現せずにあえて「春のとなり」と表現しているように、主人公を中心とした若者たちに暗さはない。ここに書かれた雰囲気こそ生き証人の捕らえた時代の空気なのだろう。泡坂独特の情趣たっぷりの文体で語られる物語は淡々としているが決して退屈ではない。ミステリ作品でこそないが、味わいはまさに泡坂風味で、ファン必読。