瀬名秀明『デカルトの密室』

デカルトの密室

デカルトの密室

 2005年8月購入。1年9ヶ月の放置。10年前に死んだはずの天才科学者フランシーヌオハラが人工知能コンテストに姿を現した。しかも彼女は自分そっくりのアンドロイドを連れていた。少年時代にフランシーヌと接触したことのある尾形祐輔は彼女の姿を見て混乱する。フランシーヌの提案するゲームに巻き込まれた祐輔は何者かに監禁され、さらには祐輔のつくったロボットがフランシーヌを射殺してしまうのだった。
 本書は3部構成になっている。第1章では祐輔の監禁された部屋――いわゆる普通の密室を扱っているのだが、第2章以降は密室という本格ミステリのタームを哲学的領域まで高め、脳という密室に閉じ込められた人の意識を取り上げている。さらにはロボットに意識は宿るのか、という問題まで絡めつつ物語は展開していく。この非常に難解なテーマをエンターテインメントという土俵で取り上げ、きれいに着地も決めている。かなりの意欲作。あとは読み手の資質になるのだが、デカルトを知らなくても作品を楽しむうえではさほど問題ないとは思う。

柳広司『贋作『坊っちゃん』殺人事件』

贋作『坊っちゃん』殺人事件 (集英社文庫)

贋作『坊っちゃん』殺人事件 (集英社文庫)

 2005年3月購入。2年2ヶ月の放置。夏目漱石坊っちゃん』の後日談として描かれたパスティーシュ。教師を辞めて東京に戻って3年、おれのもとをかつての同僚・山嵐が訪れた。山嵐いわく、赤シャツが自殺したという。赤シャツは四国での教師時代の教頭で、彼の所業が気に食わないおれは彼を殴ったことが原因で教師を辞めている。しかし、赤シャツの死は本当に自殺なのか。おれと山嵐は真相を探るため再び四国を訪れたのだった。
 漱石作品の続編ミステリといえば奥泉光の傑作『『吾輩は猫である』殺人事件』が思い浮かぶ。やはり漱石の代表作『夢十夜』をまで取り込み、あくまで本歌である漱石作品を基点に幻想性を高めることで作品を構成させていった奥泉に対し、柳作品では逆に漱石作品を現実方向へと引き寄せているのが特徴だ。そもそも漱石という人は近代的自我をテーマに作品をものすることが多く、彼の視点はあくまで内へと向けられていた。それを逆手にとるようにテキストからぎりぎり読み取れる当時の世情を膨らませ、作品内に当時の現実を取り込んでいく。手法としては非常にユニークで、かつ本歌との空気のミスマッチがかもし出す特有の雰囲気が絶妙で、なかなかの成功を収めているといえる。