柳広司『贋作『坊っちゃん』殺人事件』

贋作『坊っちゃん』殺人事件 (集英社文庫)

贋作『坊っちゃん』殺人事件 (集英社文庫)

 2005年3月購入。2年2ヶ月の放置。夏目漱石坊っちゃん』の後日談として描かれたパスティーシュ。教師を辞めて東京に戻って3年、おれのもとをかつての同僚・山嵐が訪れた。山嵐いわく、赤シャツが自殺したという。赤シャツは四国での教師時代の教頭で、彼の所業が気に食わないおれは彼を殴ったことが原因で教師を辞めている。しかし、赤シャツの死は本当に自殺なのか。おれと山嵐は真相を探るため再び四国を訪れたのだった。
 漱石作品の続編ミステリといえば奥泉光の傑作『『吾輩は猫である』殺人事件』が思い浮かぶ。やはり漱石の代表作『夢十夜』をまで取り込み、あくまで本歌である漱石作品を基点に幻想性を高めることで作品を構成させていった奥泉に対し、柳作品では逆に漱石作品を現実方向へと引き寄せているのが特徴だ。そもそも漱石という人は近代的自我をテーマに作品をものすることが多く、彼の視点はあくまで内へと向けられていた。それを逆手にとるようにテキストからぎりぎり読み取れる当時の世情を膨らませ、作品内に当時の現実を取り込んでいく。手法としては非常にユニークで、かつ本歌との空気のミスマッチがかもし出す特有の雰囲気が絶妙で、なかなかの成功を収めているといえる。