笠井潔『魔』

魔―本格ミステリ・マスターズ

魔―本格ミステリ・マスターズ

 2003年9月購入。6年10ヶ月の放置。私立探偵の飛鳥井を主人公としたシリーズの第三弾。学生時代にストーカ被害にあった女性。加害者の男が捕まって平穏な暮らしを手に入れたものの、彼の出所と時期を同じくして再び女性の周囲に不審な人物が現れる。その新たに出現したストーカーの正体を探るよう依頼を受けた飛鳥井はかつての加害者の周辺を探ることに。ところが調査の最中、被害者の女性は強姦殺害されてしまうのだった……という「追跡の魔」。行方不明になった摂食障害の女性を探すことになった。女性の父はこれより少し前に死んでいたのだが、死の直後に怪しげな女の姿が目撃されている。また、失踪女性の周辺には仲の良いブラジルの日系男性がいた……という「痩身の魔」の二本立て。
 作者は評論も手掛けるだけあって、自身の評論で述べた理論に則った小説作品となっている。本書に関して言えば、巻末のエッセイにある「本格探偵小説を私立探偵小説として書く」ということだ。すなわち「リアリズム小説の形式で描かれる現代的な犯罪や社会病理に、古典的な探偵小説的トリックを埋め」こむことである。なるほど、本書は作者の目論見に則って書かれた小説だ、と感心できる作品である。これは裏面から見ると物語のダイナミズムに身を任せた小説からは最も遠い位置にある作品であるともいえる。したがって胸が熱くなる的な読後感を求める読者には向かないといえよう。極めて自己言及的な作品だ。