樋口有介『夏の口紅』

夏の口紅 (文春文庫)

夏の口紅 (文春文庫)

 2009年7月購入。1ヶ月の放置。語り手の笹生礼司は母親と二人暮らしの大学生。父は礼司がまだ子どものころに家を出たきりだ。その父が死んだという知らせが入り、礼司は父の再婚相手である家へと向かう。そこで従妹にあたる季里子というツンデレ少女と出会い、さらには礼司には生き別れの姉がいることが判明する。父の形見を渡すため、礼司は季里子と共にこの姉を探すことにした。
 従妹として紹介された季里子であるが、物語が進むと、実は血のつながらない妹であることが判明する。また、礼司には年上の彼女もおり、これに突然登場した姉妹の存在を加えるた表層の人間関係だけ取りざたすると、これはどうみてもエロゲです、本当にryというしかありえないということになりかねない。
 しかし物語の主眼はあくまで姉探し、そしてその過程で生じる季里子との関係で、また、深層面で強調される「家庭における父性の欠如」や「人間関係における男性性の欠落」といった要素もあり、これらをひっくるめて描き出される若き主人公のひと夏の出来事は、とても甘く切ない。樋口作品ならではの良質な青春小説として仕上がっている。