小路幸也『HEARTBEAT』

HEARTBEAT (ミステリ・フロンティア)

HEARTBEAT (ミステリ・フロンティア)

 2005年4月購入。4年1ヶ月の放置。物語は二つのパートに分かれて進行する。ひとつは高校時代の恋人と再会するためにニューヨークから帰国した男・原之井によるパート。優等生だった自分と違い、札付きの不良だった少女・ヤオとは十年後に再会する約束だった。しかし約束の日に現れたのはヤオ自身ではなく、彼女の夫と名乗る男で、その男によると、ヤオは行方不明になってしまったという。原之井は高校時代の友人・巡矢とともにヤオの行方を捜すことにする。
 もうひとつは裕理という母を失った少年によるパート。大富豪の父のもとに嫁いだ母は義父とそりが合わずにいた。あるとき事故で夫が死んでしまい、母は家を出て行くことになる。やがて裕理たちの暮らす家に母の幽霊が姿を見せるようになる。
 一見つながりの見えない二つのパートだがストーリーが進行していくにつれ、ひとつになっていくという展開なのだが、この両パートに共通するのは原之井に対するヤオ、裕理に対する母という「その場に存在しない者への想い」というものだ。登場しない人物を想う者たちによって彼女らは存在感を有することになる。作者は彼らの示す愛情・思慕の念を優しい筆致で描く。後半には視点人物が原之井と裕理という男性たちから女性へと変化するが、その女性が示す「その場に存在しない者への想い」は同様に優しく描かれる。
 全体的に淡い色彩が似合う作風は本書に限らず作者特有の持ち味であるのだが、その持ち味が演出により遺憾なく発揮された作品といえる。