米澤穂信『秋期限定栗きんとん事件』上下

秋期限定栗きんとん事件〈上〉 (創元推理文庫)

秋期限定栗きんとん事件〈上〉 (創元推理文庫)

秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)

秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)

 上下まとめて上巻は2009年2月、下巻は3月購入。2〜3ヶ月の放置。本書は小鳩の視点のみでなく、小鳩ともう一人瓜野という人物による二人の視点が交互に登場することによってストーリが展開していく。この点でシリーズの前二作と大きく異なる。これにより得られる効果は何か。
 そもそも小鳩という人物は本シリーズにおける探偵役であり、作中では特権的な役割を与えられた人物である。すなわち非小市民的存在で、彼の目指すところの小市民とは対極的な位置に立っている。一方新聞部に在籍し、他人を見下し自身の能力を過信しながら放火事件を解決しようと躍起になっている瓜野は、非小市民になりたいと野心を抱く小市民だ。立ち位置と指向が真逆の二人を対比して描くことで、シリーズ主人公の小鳩の輪郭を鮮明になっていく。
 その二人のあいだで何やら怪しげな動きを見せるトリックスター的存在として小佐内ゆき登場し、ストーリーを盛り上げていく。特に今回の彼女の振る舞いは、彼女の本性を知るシリーズ読者にはたまらない展開であろう。
 シリーズ最長の上下巻であるが、短編作品のように小鳩がしばしばちょっとした日常の謎を解決してみせる。これは展開にメリハリを付けるだけでなく、些細な謎でも解決せずにはいられない小鳩の性格を表現する上で有効な演出ともなっている。
 ミッシングリンクをテーマとしたミステリをキャラクター小説、青春小説といった要素と非常に上手く融合させており、シリーズ読者の期待に見事に答えた一冊。瓜野の行く末のみに注目すれば、メシウマ小説でもあります。