坂木司『切れない糸』

切れない糸 (創元クライム・クラブ)

切れない糸 (創元クライム・クラブ)

 2005年5月購入。3年11ヶ月の放置。新井和也はまだ大学生であるにもかかわらず、急逝した父のあとを継ぎ、クリーニング屋として働くことになった。急に訪れた人生の転機に戸惑いながらも、家族や従業員に支えられ、馴染みの客も増えてきたりと少しずつその生活に慣れていく和也が遭遇するちょっとした事件を、友人の沢田が解き明かしていく連作短編集。
 デビュー作『青空の卵』で始まる三部作では、友人同士でもある探偵と助手役の緊密な関係が強調されていた。そこで描かれる二人の絆は何よりも優先されるべくもので、他に登場する友人たちの存在は、あくまで彼ら二人に付随するものであった。
 同様の関係が本書にも見られる。探偵役の沢田は親密な友人を決して作らないのだが、和也にだけは他者に比べて一歩踏み込んだ関係を築いてみせる。デビュー作から本書に至る段階において、坂木作品では探偵ー助手という関係はすなわち友情関係であり、しかもその友情はきわめて強固なものでもある。
 このような関係性にあると、必然、他者の存在は彼ら二人のテリトリーの外に置かれることになる。鳥井のシリーズでは擬似家族のようなものが形成されるが、鳥井と坂木の関係と比べると他者のそれには一線が存在し、登場人物たちはその一線を決して越えてはならないという不文律のもとで行動している。
 ところが本書ではこの一線が前作より曖昧である。語り手の和也をクリーニング屋に設定することで、設定の段階で地域社会に組み込んでしまう。これにより、和也は否応なく地域住民によるコミュニケーションに巻き込まれることになる。したがって和也と沢田の友人関係はひきこもりの鳥井と坂木のものに似てはいるが、テリトリーを形成する壁は非常に弱く、それゆえに彼ら二人に対する世界の広がりが大きい。
 同テーマを用いつつも作品世界構築、という点でいびつさが見えた前三作に比べると非常にスマートになった。