乙一『天帝妖狐』

天帝妖狐 (集英社文庫)

天帝妖狐 (集英社文庫)

 邪なるものと契約してしまったがために、心身を徐々にその異形の存在にのっとられていくことになった男と心優しき少女の出会いを描いた表題作は、類まれなリーダビリティでもって読者を物語世界に引っ張っていき、なんともやるせない悲しい気持ちにさせてくれる。この作品自体も十分に楽しませてくれるのだが、ミステリ読みとしては併録されている「A MASKED BALL」がツボにはまる。人の出入りの少ないトイレの落書きでのみ交流を持つようになった五人。そのうちの一人が校内の秩序を正さんときわめて乱暴な手段で不穏分子を粛清していく。やがて主人公のガールフレンドがその粛清の標的にあげられる。主人公は見えざる落書きの主の暴挙を止めんと奔走する。こちらも高いリーダビリティでもってスリリングな展開がテンポよく進んでいく。さらには落書きの主の意外な正体を四人それぞれに設けて、物語をきっちりと締めていく構成の巧みさ。なんとも完成度の高い一作。