石持浅海『耳をふさいで夜を走る』

耳をふさいで夜を走る

耳をふさいで夜を走る

 2008年6月購入。9ヶ月の放置。石持浅海は「本格ミステリ」を構成することに非常に自覚的な作家で、例えばそれが初期作品のようなクローズド・サークルの場を作り上げるための場面設定であったり、『人柱はミイラと出会う』のように独自のロジックを成立させるための世界そのものを構築したり、あるいは金や復讐といった散文的な動機とは異質の特殊な動機を事件の背後に据えたりと、とにかく「本格ミステリ」というジャンルを特化させてきた。
 これがそのまま作者の魅力となり、同時に短所ともなっており、特にほぼ全作品に共通する犯人の動機の不自然さやロジックを構成させるための登場人物の意識のあり方の気色悪さといったものに拒絶反応を示す読者は多かろう。そして特にホワイダニットに重点が置かれた作品はこの短所が際立ってしまうことになる。
 本書はかなり早い段階で犯罪行為に走る人物の心理面が語られていく。したがって最後に動悸が明らかにされるホワイダニットという面で見た場合の衝撃に対する拒絶要素は薄い。だが、作中常に当該人物の特殊心理に付き合わねばならず、この石持の短所を毛嫌いする読者には非常に読み心地の悪いものとなってしまっている。必然、作者の心理描写に対する拒絶反応が強い読者には地雷作品となってしまうことであろう。
 とはいえ、主人公の男が三人の女に殺意を抱き、殺害計画を実行に移すや否や思わぬトラブルに巻き込まれ、完全犯罪をもくろんだ男の計画が支障をきたすという冒頭から、どうにかして計画を遂行せねばならないという男のあせりを描いたサスペンスフルな展開は読み応えがあり、単純に地雷作品と斬って捨てるにはもったいない。この設定そのものや、計画を立て直すために男が思考をめぐらすさいにうかがえるロジックなどは明らかに作者の長所に当たる部分なので、そちらに目を向けて読んでみれば楽しめる作品あるのだから。