馳星周『楽園の眠り』

楽園の眠り

楽園の眠り

 2005年9月購入。3年3ヶ月の放置。友定伸は妻と別居し、幼い息子・雄介と二人暮らしをしている。刑事という職業柄、生活は不規則でストレスもたまりがちで、いつしか息子に暴力を振るうようになる。いつものように仕事が長引き、息子を預けている託児所へ向かうのが遅くなった。ところが息子は保育士が目を放した隙に行方をくらましてしまったらしい。犯人は父親に虐待された経験を持つ女子高生で、雄介の境遇に共感同情し、果ては自らが母親代わりになろうと決意していた。誘拐した女子高生を追うことになった友定だが、自分の息子に対する虐待が表ざたになるとまずいゆえ、独力で捜査せざるをえないのだった。
 本書以前に発表された馳ノワールの登場人物たちの行動原理は主に金であったり愛欲であったり、というパターンが多かったのだが、本書では雄介という幼い子供を誘拐犯から奪い返すこと/虐待する父親から守り抜くことがメインとなっており、単純な欲望をめぐる物語と比べて新境地といえなくもない。もっとも、この息子に向けられた思いは純粋な愛情とは言いがたい歪んだ、自己本位なものであるあたり、心温まるお涙頂戴な美しい感動巨編ではありえない。友定も大原妙子という女子高生もあくまで自信の感情が最優先で、父性愛・母性愛とは程遠い情動でもって雄介をあたかも自分の思い通りになる、あるいは自分の理想とするかわいらしい素直な子供として扱う。したがってどちらの側に立っても雄介の』幸福な姿というものは描かれない。それどころか雄介の内面描写は一切省みられず、読者にしてみればひたすら泣き喚く子供としてしか認識されないであろう。あくまで作者の主眼は子供をめぐる二人の男女の内面にある黒さに向けられており、それはまさしくこれまで作者が一環として描いてきた馳ノワールの根底につながるものだ。ということで、本書は新境地でありながらも作者の立ち位置は変わることのない作品といえる。