大沢在昌『灰夜 新宿鮫?』

灰 夜 (光文社文庫)

灰 夜 (光文社文庫)

 2004年6月購入。4年1ヶ月の放置。本シリーズにおける主人公・鮫島の立ち位置は、犯罪者という外部の者にとっては敵に回したくないやり手の刑事であり、警察組織の内部にとっては組織の腐敗した部分を知るやっかいもの、というものだ。必然、鮫島は組織上では孤立しがちで、そのような状態で凶悪な犯罪者に挑まねばならない。それでも理解者・協力者は存在するわけで、これまではそのような恋人や上司の存在が彼を支える大きな力になっていた。
 しかし本書にあっては事情は異なる。舞台は彼のホームとも言える新宿ではなく、九州の地方都市。直接的に彼を知る人間はおらず、誰を信用してよいか皆目わからない。確かに、彼に好意を示してくれる者はいるのだが、その人々を完全に信用してよいのか、手持ちの材料からは判断しかねる状態だ。もちろん、彼の理解者である恋人も上司も同僚もそこにはいない。そのような鮫島のポジション、及び精神状態を象徴するかのように、ただひとり闇に包まれた檻の中に監禁された状態が冒頭で示される。そして孤独な戦いを強いられることになる。
 もともと内外に敵が多く、味方の少ない鮫島の立ち位置をよりいっそうしんどい方向へ推し進めた上でストーリーを展開させたのが本書の特徴だ。読者にとってはシリーズキャラクターが皆無である点が物寂しいと感じるかもしれないが、主人公鮫島の物語上の立ち位置を再確認する上では極めて有効な作品だ。
 なお、本書には最近ニュースで俎上に上がることの多いかの国が絡んでくる。しかし、初出は2001年、かの国の問題が今ほど大きく問題にされることはなかった時点でのことで、題材を拾うに当たってのこの嗅覚の鋭さは、作家としての面目躍如といったところか。