宇月原晴明『黎明に叛くもの』

黎明に叛くもの (中公文庫)

黎明に叛くもの (中公文庫)

 2006年7月購入。1年10ヶ月の放置。戦国時代の昇る朝日=黎明といえる存在織田信長の全国統一に叛く存在として松永久秀を描いて見せた力作。奇想溢れる作者の描く本書は単なる歴史小説の枠にはとどまらない。
 宇月原晴明という作家は日本の歴史ものに異国の要素を取り入れることによって異化作用をもたらすのに長けており、例えばデビュー作の『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュノス』では古代西洋的要素を投入しているし、傑作『安徳天皇漂海記』では日本から舞台を中国に移し、そこで極めて日本的なことを表現するというように自身の手法を逆転させている。
 翻って本書ではどうかというと、ペルシアの暗殺術という要素が取り入れられている。少年時代にこれを秘かに授けられた子どもが長じて松永久秀になる。大袈裟な言い方をするならば、織田信長VSペルシア幻術という極めて伝奇的な構図で以て物語りは展開されるのだ。
 このような伝奇的な側面だけでなく、この松永久秀の人間像もよく描かれており、さらにそのライバルの織田信長や兄弟子として登場する斉藤道三、あるいは明智光秀といった登場人物もきっちりと書きこまれている。歴史伝奇ものとして非常に良質な作品といえる。