乙一『夏と花火と私の死体』

夏と花火と私の死体 (集英社文庫)

夏と花火と私の死体 (集英社文庫)

 執筆当事16歳だったという乙一のデビュー作。年齢にそぐわぬ地に足ついた筆致、完成度の高さは驚愕に値する。しかし最も瞠目すべきは視点が死んでしまった少女であること、そしてその少女の死体の行く末を物語の中心に据えている点であろう。単に小説作法における視点の問題をものともしない方法論を用いたという、着眼点の斬新さというだけではない。死者が自分の視点を見つめるその視線に生じた距離感が非常に現代的である、という点に注目すべきだ。そこには自分の死に対する絶望や悲哀といった感傷的な要素が一切排除されており、自分の死体を「自分自身」という帰属要素と完全に切り離している。「死」や「死体」に重きを置かぬ感情のあり方を若者的だという安易かつ偏見に満ちた見方に倣うのならば、本書で取られている視点は自分の「死」や「死体」ですら同次元の価値観においているという点で徹底している。そして徹底しているがゆえに「死」及び「死体」に対する価値観は偏見で安易な見解からは遥かに超越していることになる。さらに肝心なのは、そのような価値観の存在を若干16歳の少年が(おそらく)天性のひらめきで抱きえたということだ。乙一という作家を形容するに天才という語が用いられることがあるが、なるほど、デビュー当事からして凡百の作家とは違う視点を有していた天才なのだろう。