恩田陸『夏の名残りの薔薇』

夏の名残りの薔薇

夏の名残りの薔薇

 2004年9月購入。3年8ヶ月の放置。毎年秋が訪れるごとに開かれる豪華なパーティー。会場となるのは山奥にあるクラシックなホテル、主たる参加メンバーはそのホテルを創った一族と関係者たち。一族を仕切る虚言癖のある三姉妹、実の弟や夫の取引相手とただならぬ関係に陥る女、女優とそのマネージャー、謎の大学教授……全部で六章ある物語は各章別の人物の視点で語られ、そしていずれの章でも何がしかの事件が起きる。しかし、それぞれの事件は別の章での事件とはつながっていない。それどころか、語り手によって読者に提示される現実は異なっているのだ。ある章で殺されたはずの人物は次の章では無事に生きている、というように。ここで生じた齟齬は恩田の作り上げる筆致とあいまって、独特の幻想性を有した作品としての仕上がりに大きく寄与していると言える。
 もっとも注目すべき点は、本書が「本格ミステリ・マスターズ」という「本格」を前面に押し出したレーベルの一作として書かれているということだ。作中で生じた齟齬を解決の段に当たって解消するのが本格ミステリのあり方としては一般的であろう。しかし、恩田の認識はこれと異なるようで、あくまで解決に先立つ謎の神秘性や事件を幻想的に装飾することに意味を求めている。本格レーベルの作品としては相当に異質なものであろうし、一般的な本格ミステリ作品を求める読者は期待を裏切られることになるかもしれない。しかし、あくまで恩田陸という作者の示す「本格ミステリ」という認識で眺めて見ると非常にユニークで興味深いものであるように思える。